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横浜地方裁判所 昭和38年(行)3号 判決 1965年4月08日

原告

大栄プラスチツクス株式会社

代理人

権逸

外一名

被告

横浜南税務署長

指定代理人

千木良志気雄

外三名

主文

(一)原告の請求をいずれも棄却する。

(二)訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

(一)  被告が原告に対し、いずれも昭和三七年五月三一日付をもつてなした

(イ) 自昭和三三年七月一日至昭和三四年六月三〇日事業年度(以下第一事業年度と略称する。)の所得金額を金九四三、〇〇〇円となした上で差引法人税額を金三一一、一九〇円、過少申告加算税額を金一五、五五〇円

(ロ) 自昭和三四年七月一日至昭和三五年六月三〇日事業年度(以下第二事業年度と略称する。)の所得金額を金二、九二四、八〇〇円となした上で、差引法人税額を金一、〇六〇、三六〇円、過少申告加算税額を金五三、〇〇〇円

(ハ) 自昭和三五年七月一日至昭和三六年六月三〇日事業年度(以下第三事業年度と略称する。)の所得金額を金二、六〇八、九〇〇円となした上で、差引法人税額を金六七八、一四〇円、過少申告加算税額を金三三、九〇〇円

とした各更生決定処分をそれぞれ取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文第一、二項と同趣旨。

第二  原告の主張

(一)  原告は横浜市南区中里町二六番地において、プラスチツク加工業を営む株式会社である。原告は第一事業年度においては九六、〇六一円の欠損、第二事業年度においては二三七、一一八円の欠損、第三事業年度にあつては四三二、七七〇円の課税の対象となりうる所得をそれぞれ計上したので、これに基き被告に対し確定申告をなした。

(二)  ところが被告は原告に対し申立(一)(イ)(ロ)(ハ)記載どおりの各更正決定をなしてきた。しかし原告の各事業年度における所得は前述の額にとどまるのであるから、右各更正決定は何んら存しない所得について課税をなすの誤りを犯している。従つて右各更正決定は取消さるべきである。

(三)  右各更正決定と確定申告との相異は、訴外東間(現姓川澄)幸雄の横領金についての取扱いの違いにもとづく。即ち第一事業年度以降第三事業年度に至る迄の各年度において、原告の会計担当役員の訴外東間は原告よりその業務上保管中の金員をしばしば着服横領し、その額は総計五五〇万円に達していたことが昭和三六年三月に至り発覚した。しかるに被告は右横領金を原告の営業上生ずる貸倒金と同一視して、原告に申立(一)(イ)(ロ)(ハ)記載の各更正決定処分をなしてきた。つまり被告の主張によれば、原告は横領発生と同時に、その横領金に相当する損害賠償請求権を訴外東間に対し取得するが故に、右横領金は税務会計上貸倒れ損金と同一視さるべきであり、よつて各事業年度における利益として計上すべきものであるというにある。

しかし右処分は誤つている。昭和三六年三月に至り発覚した本件横領金は各犯罪発生年度においては、いずれもこれを損害として計上することにし、その後訴外東間より原告が横領金を回収しえたときには、その回収しえた年度の雑収益金として処理するか、或いは犯罪発生年度において直ちにその年度の未収益金とすることを控え、横領事実発覚の年度において始めて、その年度の未収益金となすべきである。どのような点からみても、横領事実発生の年度に横領金と同額の益金があるなどとなすことは許されない。以下その理由を述べる。

(1)  犯罪行為たる横領を原因として原告の取得するところとなつた損害賠償請求権は、商行為による金銭債権などとその性格を全く異にする。即ち納税義務者たる原告が認識した利益追求行為により取得した未収益金と異り、右損害賠償請求権のそれは全く認識していない請求権の発生だからである。被告の見解の如く形式論理的に横領被害発生年度に被害額と同額の損害賠償請求権が同時に発生するが故に財産的に何等の損害もないと解することは商行為という利益追求行為から発生した請求権と右損害賠償請求権が根本において異ることを忘れたものである。あるいは、これを損害賠償義務者の側から考察してみる。金銭に窮した挙句横領行為ををなす者につき、被害弁償能力ありとみることは到底許されない。当然その回収は著るしく困難又は不可能であつて、その返済が全額につきなされることなど望み薄である。これは計理上まず損金として計上すべきである。しかして幸いにして弁済のなされたる時は、これを雑収益金として計上すればよいのである。本件においてかような取扱いを否定しなくてはならぬ根拠は何んら存しない。それどころか逆に訴外東間に対し損害賠償請求権を行使して金銭を取立てうる可能性の極めて薄いことがすでに明らかになつている。即ち訴外東間は昭和三七年五月一九日横浜地方裁判所において業務上横領罪の故をもつて懲役四年の判決をうけ、東京高等裁判所に控訴したけれども同年九月一八日控訴棄却となり、該判決は間もなく確定し、同人は現在服役中である。右刑事訴訟の際同人は原告に対し弁償の意思なきことを明言した。これにより原告の訴外東間に対する損害賠償請求権、これが当初より実現不能であつたことが明白になつたと考えられる。

(2)  横領金を税法上いかに取扱うかは法の予想をこえる問題である。しかるに被告はこれを商行為にもとづく金銭債権と同一視して益金とみた。しかしこの扱いは(三)(1)で述べたように誤りである。さすれば横領金につき、これを益金とみるべき法律上の根拠は失われたといわなければならない。被告は誤つた前提に立つため、法にもとづかずして課税をなす結果に陥つている。

(3)  個人の所得に対し課税をなす場合、その所得については盗難等による損害に対し当然雑損控除が認められている。横領であれ、盗難であれ納税義務者の意思に反し価値物が流出したという根本性格に差異はないのであるから、横領金についても同様の取扱いをなすべきである。

(4)  現行税制は申告納税制度を採つている。これは納税義務者の認識しえた範囲の所得につき順次納税することを建前としているものと考えられる。本件の如く横領行為がある年度に発生したが、その事実は次年度以降になつて始めて納税義務者の知るところとなつたような場合、納税義務者たる原告が横領の当時その事実を認識していないのに係わらず、被告の見解に従うならば、横領事実発生年度において原告は該横領金を益金として計上せよ、そして該横領事実を金額の点について迄正確に認識していたものとして申告の上納税せよと要求されているということになる。しかしかかる不可能事を法は納税義務者に負わせているのではないことは明白である。被告の見解は誤つている。

(5)  被告の主張するような徴税態度をとられると、原告は多額の金員を横領され上に、それを益金とみられるため、これに対応する税金を課されることになり、まさに二重の損失を招くことになる。かような事態を避けるため横領事実を不問に付する企業さえ存する。かかる企業をいたずらに苦しめ遂には倒産を招き、他方犯罪を助長するような徴税方法は法の適用を誤つたものといわなくてはならない。又被告の本件横領金に対する課税処分は矛盾を極めている。何故なら、訴外東間に対する請求権を原告が訴外東間に対する訴訟を提起して誠実に追求していると、いまだ右請求権は満足される可能性がある故直ちにこれを損金とするわけにはいかぬという。といつて右請求権を追求しないで放置しておくと、その回収が確定的に不能であるかどうか判定しえぬ故やはり損金とすることはできないというのであろう。そうなると満足されることが極めて困難或いは不可能な債権について、それが明白に不可能と判明するに至る迄の間、(その債権が益金とみなされるために、課税の対象とされ)税金の一時過払いを余儀なくされることになる。これは本来損金とみなくてはならぬところを益金とみた誤つた形式的論理に固執したことから生ずる不当な結果にほかならない。

(6)  仮りに訴外東間から横領金の返済がなされる可能性があるとしても、それは同人の資力からみて三〇〇万円程度にとどまる。現に同人らより返済金は一〇〇万円程度ということで和解したい旨の申出がなされているのであつて、横領金全額の返済は望みえない。よつて益金として計上しうるのはたかだか右金額までである。これを無視し横領金の金額を益金となした更正決定は誤つている。

(四)  よつて原告は、前記申立(一)(イ)(ロ)(ハ)の各更正決定につき、昭和三七年六月二五日被告に対して再調査の申立をなしたが、同年八月二九日右申立はいずれも棄却された。そこで原告は東京国税局長に対し審査請求をなしたが、同局長は昭和三七年一二月一八日付でもつて右各請求をいずれも棄却する旨通告してきた。原告は右通告を同月二一日知つたので、さらに前記各更正決定の取消を求めて本訴に及ぶ。

第三  被告の主張

(一)  (答弁) 原告の主張する事実のうち、原告の住所、営業内容、法人形態、その主張する如き所得又は欠損の内容の確定申告がなされたこと、これに対し被告が申立(一)(イ)(ロ)(ハ)記載のとおり各更正決定をなしたこと及び原告の主張(四)記載の再調査、審査に関する事実は認める。(なお訴外東間は現姓川澄であることも認める。)

原告の主張に対する反駁は(三)において述べる。

(二)  被告が原告の所得金額を算定した根拠は次のとおりである。

(1)  第一事業年度

(a) 原告の当期申告欠損金 △九六、〇六一円(△は消極財産を示す)

(b) 原告の経費中否認 一、〇三九、一五〇円(東間の横領金)

(c) 原告の当期課税所得金額((a)+(b)) 九四三、〇八九円

(2)  第二事業年度

(a) 原告の当期申告欠損金 △二三七、一一八円

(b) 原告の経費中否認 三、一一四、四三七円(東間の横領金)

(c) 原告の役員賞与否認 一一八、〇〇〇円

(d) 前期分事業税認定損 七〇、四四〇円

(e) 原告の当期課税所得金額((a)+(b)+(c)−(d)) 二、九二四、八七九円

(3)  第三事業年度

(a) 原告の当期申告課税所得金額 四三二、七七〇円

(b) 原告の経費中否認 二、〇五〇、二〇〇円(東間の横領金)

(c) 損金計上否認(源泉徴収所得税延滞加算税)六六、一七〇円 (地方税延滞加算税)五六〇円 (法人の県市民税)三、〇〇〇円

(d) 原告の役員賞与否認 三四二、一〇〇円

(e) 前期分事業税認定損 二八五、八八〇円

(f) 原告の当期課税所得金額((a)+(b)+(c)+(d)−(e)) 二、六〇八、九二〇円

(右各更正決定事由のうち原告が異議申立をしたのは各事業年度ともいずれも(b)の事項についてのみである。)

原告の申立(一)(イ)(ロ)(ハ)の各更正決定の所得金額は、いずれも右の課税所得金額を下まわる。よつて各更正決定は適法であつて、何んら取消すいわれはない。

(三)  原告の主張(三)に対する反駁

(1)  訴外東間は第一事業年度中より原告の金員を横領し始め、第三事業年度中迄横領を続け、昭和三六年三月その事実は原告会社の知るところとなつた。その回数は多数回に上り帳簿上は架空の仕入、給料その他の経費科目に計上する方法をとつて糊塗していた。原告の各事業年度の確定申告においては、横領による金員の社外流出を架空の仕入、給料その他の経費科目に計上しているままに、それぞれその計上にかかる経費として、所得計算がなされていた。しかし被告の調査によつて右の事実が判明すると共に、いまだその損害の賠償がなされていないことも認められた。そこで被告は仕入、給料その他の経費科目に計上されているもののうち右の架空のものはその真実は横領による金員の社外流出であるものを事実に反してなした帳簿処理であるとみて、これを否認して経費から除外すると同時に、同額を訴外東間に対する仮払金として処理する趣旨の更正決定をなした。

(2)  横領は資産たる金員が社外に流出するものであるから、そのこと自体は損失の発生原因であり、当該年度の負担に帰するものである。しかし横領は同時に横領者に対する損害賠償請求権を発生せしめるものであつて、それは会計上債権という資産の増加をきたすものであるから、益金の発生原因であつて、当該年度の益金を構成するわけである。従つて横領の場合には損益が同時に同額発生するので、全体としてみると損益には関係ないといわなければならない。本件の場合確定申告において横領という金員の社外流用のみが架空の経費として計上されていたので、更正において、これを否認すると同時に損益の関係のない同額の仮払金を認めたのであるから、結局損益なきに帰し正当な処理なのである。仮りに仮払金という処理にかえて架空経費科目を否認し、横領被害金を損金ということにしても、損害賠償請求権という益金が生じ、損益なしということになり結果は全く同じことである。

(3)  (原告の主張(三)(1)(2)に対し) 横領に基づく損害賠償請求権といえども、請求権たる性質に差異なく、原告会社の財産権を構成する債権であり、課税所得計算上も、それが回収不能と認められない限り、発生原因により他の請求権と取扱いを異にすべき理由はない。なお認識の時期と会計処理との関係は次項で述べる。

(4)  (原告の主張(三)(4)に対し) 原告の主張は申告納税、更正等の制度の誤解から生じたものと思われる。そこでまず申告納税方式につき述べる。同方式に従うと納税義務者の認識したところに基いて課税標準、税額等を計算して確定申立することによつて税額は一応確定する。そしてそれが客観的にあるべき課税標準、税額等と一致すれば、それでよいが、違算、遺脱、仮装、いんぺい、重複等の事情のため一致しないことも考えられる。そこで確定申告によつて具体的になつた租税債務を抽象的、客観的租税債務に一致させる操作としての行為が法定されている。即ち修正申告、更正の請求、更正等がそれである。修正申告、更正の請求、更正等はそれをする時において認識した事実に基いて、遡つて、当該年度の課税標準、税額等を計算し、さきの確定申告を訂正し、これに従つて課税標準、税額等を確定するものである。言い換えれば、当該事業年度中において認識しえない事実であつても、その後において課税標準税額等について訂正すべき事実のあることが認識された場合には、これに基いて具体的に祖税債務を確定するために、更に修正申立、更正の請求、更正等が行なわれる。これが税法のとつている建前なのである。横領の事実が現実に横領の犯された事業年度以外になつて発覚した場合には、その発覚によつて、さきになした確定申告と異なる課税標準、税額等となることが認識されるのであるから、法の定めるところにより修正申告、更正の請求、更正等をなし、当該事業年度(横領の事実のあつた)の課税標準、税額等を、その年度にさかのぼつて訂正するのである。従つて申告納税方式は知らないことまで申告せよというのではない。原告はこれを誤解しているのであろう。

(5)  (原告の主張(三)(5)に対し) 原告の主張は、課税所得計算上の問題というよりは、むしろ徴収手続に関するものであつて、課税処分の違法事由とはならない。

第四証拠<省略>

理由

(一)  原告の住所、その営業形態、法人形態、原告がその主張(一)で述べるような欠損又は所得を内容とする各事業年度の確定申告をなしたところ、被告において申立(一)(イ)(ロ)(ハ)記載どおり各更正決定をなしたこと、これに対しいずれも原告の主張(四)に記されているとおりの再調査、審査に関する諸段階が踏まれたこと。以上は当事者間に争いのない事実である。

(二)  次に、原告のなした第一事業年度より第三事業年度に至る迄の前記各確定申告中の申告所得又は欠損金につき、被告の主張(二)に記載のうちで第二事業年度には(c)(d)の第三事業年度には(c)(d)及び(e)の各項目に挙げる益金及び損金の存したこと、訴外東間の第一事業年度乃至第三事業年度に至る間の横領金が被告の主張(二)において(1)(b)、(2)(b)、(3)(b)にそれぞれ示す数額であつたこと。以上は弁論の全趣旨からみて原告の明らかに争わないところであるから、これを原告において認めたものとみなす。

(三)  然らば本訴の争点は訴外東間の横領金を税法上いかに扱うかに帰する。よつて以下この点について検討する。

我租税法体系は所得の発生時期を権利発生主義で一貫してとらえている。近代法体系では物権の取得は即ち財の獲得である。債権も又同一帰結を有する。即ち債権を取得すれば、法はその履行を保障する故に、債権取得者はおのずから物権つまり財の到達に至る。財を獲得することを確かなものとする権利を獲得することも又価値をもつ。そこで事業活動主体においては債権の獲得がつまりは価値の獲得ということになり、そのため債権の取得時が財産取得の時点として重要性を帯びてくるからである。ところで右債権は法主体相互の利益追求行為それ自体のみから生じてくるものばかりとは限らない。法主体相互の衝突から生ずる債権即ち損害賠償請求権である場合もある。しかしこの場合もその履行の保障の点について何んら原則的な差異はない。義務者の責任財産は全く同範囲といつて差支えない。そうなると損害賠償請求権の経済的価値は通例の商行為などより生ずる金銭債権などと何んら変わりはないことになる。その価値性は請求権取得の時期にすでに是認される。勿論右請求権が義務者に経済力のないためその価値性を失うことも稀ではない。しかし損害賠償請求権についてかような事態が常態的に生ずるとはとうてい言えない。賠償義務者はその履行をその一般財産でもつて履行するよう法によつて要請されている。義務者が財力を喪失するという事態の生ずる蓋然性は損害賠償請求権と通例の金銭債権とその間全く差異はない。だからいずれの債権であれ、その発生時は益金として計上すべきであり、その後義務者の財力の喪失などがあれば、かような事態の生じた事業年度における損金として計上すればよいのである。益金として計上された損害賠償請求権がその後になつて無価値なものとなつたとしても、それは一旦益金として計上されたこと自体には何んら影響を与えない。よつて原告主張(三)(1)の後半部あるいは(6)の主張は理由たりえない。

かように横領という不法行為によつて生じた損害賠償請求権と商行為などより生れた金銭債権との同質性が肯定される以上右損害請求権を益金として計上することは当然であり、法人税法もこれを容認するものと解される。従つて横領金は法人税法の予想せざるものとの原告の主張(三)(2)にも組することはできない。勿論損害賠償請求権は、その発生時直ちに権利主体によつて認識されるとは限らない。この点つまり権利主体の主体たることの認識の時点において両債権(損害賠償請求権と商行為より生ずる債権)の差異が存する。しかし税法はこの主観的認識のおくれを充分考慮している。それが申告納税制度として制度化されている。即ち損害賠償請求権はその発生した年度で益金として計上されるのではあるが、それが現実に課税の対象となり、それにつき祖税が徴収されるのは権利主体が損害賠償請求権の存在をいかなる経路を経てであれともかくそれは自ら知るに至つた時である。右差異を考慮する限度はこの限りまでであり、又それで充分である。この差異を誇大にとり上げ、これがため損害賠償請求権と債権の同質性を無視せんとする原告の主張(三)(1)は是認することはできない。

又前述せるところより明らかな如く、申告制度は、いかなる場合でも、納税義務者に対し客観的に存する賠償請求権を全て申告せよと要求していることにならない。原告の主張(三)(4)も採ることはできない。

ところで所得税法では盗難あるいは横領等による損失に対し雑損控除を認めている。しかしこれは事業所得に関し経営規模の小さな個人に対し、かような取扱いを認めないと、その経営にたちまち破綻をきたすという理由から定められたものと解される。これを法人に対して迄及ぼしうる法文上の根拠も、実質上の根拠もない。しかも雑損控除は被害金全額について迄認められているわけではない上、納税義務者より申告があつた際始めて控除されるものであるに過ぎない。しかも損害賠償請求権で填補されない部分についてのみ認められるのである。原告の主張(三)(3)は本訴において適切な理由たりえない。

損害賠償請求権を益金とみる見解に対し懐かれる素朴ではあるが強力な疑念は、納税者の二重損という原告の主張(三)(5)であろう。しかし損害賠償請求権を益金とみるということは、一方的に納税義務者に益金が増加するということを意味するものではなく、不法行為たる横領により右請求権と同額の損金が納税義務者に生じていることを前提としてのことなのである。それにしても回収不能のおそれのある債権について、それが予め損金とされないがため、結果的には過払いになるのと同一の事態になるかも知れない税金を払わされるのは納税者により甚だしい苦痛といえるかも知れない。しかし回収の不確実性は前述した如くいかなる債権にも変わりなく存する。債権の価値性を承認する以上、この弊はやむえざる事態と言わなくてはならぬ(なおこの弊を救うものとして、国税通則法第四六条第二項の手続がある。)かような事態を恐れるの余り、債権について全てその価値性を否定し、回収しえた時始めて課税の対象となそうというのでは、税徴収の円滑を計りえず、国家の経済的基盤を危うからしめ、あるいは租税の負担の不公平を招くことになろう。本件における被告の態度は正当であり且一貫しており何んら矛盾するところはない。

その他、あらゆる観点より検討するも、被告のなした訴外東間の横領金に関してこれを当該年度の原告会社の益金と看做した処理は当正であり、法人税法の適用につきなんら瑕疵はなかつたと断ずるの外はない。

(四)  右横領金の処理を除けば原告のなした確定申告に対する被告の是認並びに否認については(二)で述べたとおり当事者間に争いのないところである。さすれば被告の右横領金の処理が正当であると認められた以上、原告の第一乃至第三事業年度の各課税所得金額は被告の主張の(二)(1)(c)、(2)(e)、(3)(f)に示すところとなる。よつて右各課税所得金額以下の金額に課税をなすこととした申立(一)(イ)(ロ)(ハ)の各更正決定はすべて適法となり、取消す事由はなんら存しない。よつて原告の本訴各請求をいずれも理由なしとして棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(堀田繁勝 石沢 健 谷川 克)

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